金スマ6月5日松岡修造がおこなった錦織圭メンタル改造計画


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6月5日放送の中居正広の金曜日のスマたちへ。

金スマ、超気になる男。

日本を熱くする男、松岡修造が登場。

昨今では修造グッズも数多く作られ、
日めくりカレンダー、まいにち、修造などが
多くの人に勇気を与えている。

読者からは
心に響いた、明るくなった、
元気になったなど
数多くの感想が届いていた。

出来なかったから
どうやったら消極的な自分を
前向きにできるのか。

そんなことを考えながら作ったのが
修造グッズだった。

錦織圭への指導

引退後に始めた修造チャレンジ。

世界で通用する選手育成が目的。

その中に錦織圭がいた。

2001年11歳だった錦織圭。

テニスの才能は群を抜いていた。

松岡修造は錦織圭に自由にプレーさせた。

技術面では教えることはなかった。

1対1のゲームでは本気で対戦した。

まだ小さな錦織圭は勝つことができない。

再試合を申し込んだ。

錦織圭も本気で勝ちを狙っていた。

シャイだったが、負けず嫌いだった錦織圭。

これは選手としてとても重要なこと。

足りないメンタルを強化

自分を表現することが
苦手だった錦織圭。

大勢の前で英語でスピーチ。

海外に出るためには必要な練習。

何も話せず泣き出した。

高校生と対戦させた

年上と対戦させ
勝利を得ることで
自信をつけさせようとした。

松岡修造の思惑通り
錦織圭が勝利。

この時の高校生が
現在のTBS石井アナウンサーだった。

世界に触れろ

2002年、松岡修造は12歳の錦織圭を
国際トーナメントに出場させようとした。

主催者からはまだ小さいと断られた。

現役時代のスポンサーに直談判。

大会のスポンサーになってほしい。

錦織圭には今大きな大会での経験が必要。

松岡修造はかってのスポンサーの協力を得て
大会の主催者の一人になった。

その名も修造チャレンジ
ジャパンオープンジュニアテニスに
名前を変更。

主催者の権限で錦織圭を推薦枠で出場させた。

そして錦織圭はダブルスで出場。

しかし結果は2回戦で
オーストラリアペアに敗退。

海外の選手に怖気づいた錦織圭を叱った。

気持ちで負けるなを教えたかった松岡修造

13歳でテニス留学の為渡米

翌年の修造チャレンジ
ジャパンオープンジュニアテニスでは
外国人選手に勝利!

大会終了後、
海外に旅立つ錦織圭は松岡修造に
頑張ってきます、
絶対に表現力を強くさせてみせますと
誓うのであった。

修造グッズを語る!

変わるんだ変われるんだ。

ちょっと馬鹿馬鹿しいほどの表現。

これにもちょっとした仕掛けが。

人間は馬鹿馬鹿しい事ほど
記憶に残る。

変われる自分に気づいてほしいから
始めた修造グッズ。

修造流本気の言葉が生まれた理由!

いつもミスするなと教えられた松岡修造。

そんな松岡修造に転機が訪れる。

ミスを恐れるな。

失敗したら反省して次につなげろ!

アメリカで日本と正反対な
ポジティブなテニスに出会った。

なぜではなく、どうやって
現状をきりぬけるか。

現役時代に遭遇した
数々の窮地を切り抜けた事が
本気の言葉の土台になっているのです。

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