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三浦亨とともに辿るアイドル振り付けの歴史
1月27日放送のマツコの知らない世界。
2000曲を振付した三浦亨68歳が登場。
マツコも知っている有名な振付師。
1946年宮城県石巻市に生まれ。
ダンスを始めたのは大学以降。
振付デビューは天地真理「恋する夏の日」
今日は、三浦亨とともに
アイドルの振り付けの世界を紹介します。
本物の歌手たちに代わって影武者が振付を再現。
顔にはお面、歌は本物の声でおおくりします。
ノリの悪い天地真理
女の子にジュリーの真似をさせる発想で作った振付。
あまりにも天地真理のノリが悪いのでディスコで訓練。
ステップが出来なくて苦労。
運動オンチでもあったのか。
麻丘めぐみの「私の彼は左きき」
サビでマイクを左に持ち帰る仕草が可愛かった。
顔のアップが多かった時代。
小さい手振りのニュアンスが重要だった。
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キャンディーズの「年下の男の子」
これは三浦亨が振付。
今までスーちゃんがセンターだった。
この曲ではランちゃんがセンター。
この曲がヒットしたので、この後もランちゃんがセンターになる。
ピンク・レディのペッパー警部
ミーちゃんの踊りがダイナミック。
ケーちゃんはとってもアンニュイ。
マツコ曰く「みんなに狙われるスナックのチーママ」
土居甫の振り付けは一世を風靡した。
80年代アイドル黄金期
ちゃんと年齢を重ねることができた時代。
今のように総ロリコン時代ではなかった。
現在の19、20歳にはない成熟さがあった。
ここでも当時の振付を振り返る。
松田聖子の5枚目のシングル「夏の扉」
松本伊代の「センチメンタル・ジャーニー」
影武者のお面が取れちゃいましたね。
それでも最後までやり通しました。
中森明菜の「十戒」 この振付は三浦亨。
しかし、中森明菜自身がアレンジした箇所が多い。
荻野目洋子の「ダンシング・ザ・ヒーロー」
マドンナを意識したステップ。
荻野目洋子ほとんどは三浦亨の振付。
おニャン子クラブの「セーラー服を脱がさないで」
これは西条満の振付。
80年代光ったアイドル
松田聖子と中森明菜は別格だと三浦亨が言う。
この二人は振付も言われた通りにはやらない。
自分流に変えていった。
中森明菜が変わったのはサザン・ウインドのあと。
それまではやらされているって感じ。
影武者は出てこなかったがキョンキョンも異質。
自分の世界を作ったアイドル。
この3人が同じ時代にいたことが素晴らしい。
マツコは松田聖子を「ショービズクイーン」
自分を輝かすのが得意。
中森明菜はその時その時に命を懸ける。
危うさがある。
キョンキョンは上手いビジネスマン。
マツコ、中森明菜を語る
マツコ・デラックスは中森明菜愛が強い。
マツコのために中森明菜の振付メドレー。
作曲は玉置浩二の「サザン・ウインド」
手で足を払う振りが印象的。
「DESIRE 情熱」
着物風の衣装とおかっぱのウイッグが斬新だった。
この曲で中森明菜はレコード大賞をとる。
「TATTOO」の振付は西条満。
超ミニスカのワンピ。
トランペットを持った男性ダンサーが踊る。
若き日の芋洗坂係長がトランペット隊を務めたこともある。
中森明菜には物語がある。
女優のように歌う明菜。
まるで憑依したかのよう。
「TATTOO」で求めたのは、ダンスの上手さよりもエロさ。
中森明菜を誰も真似できない。
三浦亨がマツコにに振付
マツコの知らない世界のテーマ曲。
”チヤ、チャチャ、チャラチャラ、チャラチャララ~” これを振り付ける。
センターはマツコ・デラックス。
バックダンサーは今まで踊ってくれた影武者たち。
三浦亨がマツコに振付を伝授。
「え~、もっと簡単なのにしてほしい~」 って言っていたマツコ。
しかし、やる時はやります。
見事センターを務めましたよん!
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