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3月6日のアナザースカイ。
Jリーグで2年連続の得点王、大久保嘉人。
大久保嘉人のアナザースカイはスペイン。
初めての海外契約
2004年、大久保嘉人はRCDマジョルカと契約。
当時22歳。
高校時代から憧れたスペイン。
攻撃的なサッカーのスペイン。
ここは自分に合うはず。
懐かしいグラウンド。
当時のスタッフに声を掛けられる。
地元の取材陣も来てくれた。
10年くらい経つ。
でも記憶に残っている背番号17番。
結果を残すことが一番
誰にも知られていいない日本人。
こいつ大丈夫か?って感じ。
パスを回してもらえない。
結果を出して認められるしかない。
負けず嫌いなメンバーを納得させる必要がある。
当時の通訳と再会
当時の通訳、モイセスと再会するために街へ。
サポーターから声をかけられる大久保嘉人。
なんか嬉しい!
若くてノリがいいモイセス。
若い人で良かったと話す大久保嘉人。
モイセス「選手ってすごい」
試合は命がけなんだと思ったと言う。
試合の前半の終了の笛。
モイセスが「大丈夫か?」と駆け寄る。
大久保に「どけよ!」って言われた。
大久保嘉人は全然覚えていない。
父親の思い出が詰まった家
大久保嘉人が当時住んでいた街。
新婚生活をスタートさせた街でもある。
住んでいた家に向かう。
家の色が変わっている。
現在の家主から許可を得て中に入る。
全部キレイになっている。
今は建築事務所兼住居。
プール付き。
ここは亡き父との思い出がいっぱい。
父親が病気に。
医師からは葬式の準備をするように言われた。
少しでも長生きしてほしい。
その為にもスペインで一緒に暮らしたい。
緊急時の病院と飛行機のチケットを用意。
父親を受け入れる態勢を準備。
3週間スペインに滞在した父親。
そして帰国。
その後、7年間生きることができた。
一番のサポーターだった父親
試合を見に来てくれていた大久保嘉人の父。
「誰にも負けるな!」
「サッカーだけは負けるな!」
最後には、「もっと頑張れ!」
大久保嘉人の背中を押し続けた。
スペインでのデビュー戦
懐かしいイベロスター・スタジアム。
デビュー戦の前日、監督に聞かれた。
「明日スタメン出られるか?」
移籍から一か月経っていた。
出たい!
しかし体調は万全ではなかった。
38度以上の熱。
出たい気持ちの方が強いのでこれは内緒。
スタジアムに立てば風邪は忘れる。
絶対点を取ってやろう。
ヒーローになってやろう。
そんな気持ちだけ。
大久保を襲ったアクシデント
試合開始から5分。
相手からのタックル。
大久保嘉人の右足が動かない。
相手のサッカー靴のポイントが刺さった。
「これ、マジできない」
でも試合を諦めることはできない。
意地でもやる。
痛みに耐えて試合を続けた。
包帯からは血が滲んでいる。
ヘディングでゴール。
1ゴール1アシスト。
大久保の挫折
デビュー戦でゴール。
一生の思い出に残るゴール。
しかし、負傷。
怪我で練習すらできない日々。
2か月間試合から離れた。
こんなことは初めて。
常に試合に出場したいた。
サッカー観が変わった
挫折を受け入れる大久保嘉人。
自分を見つめなおす時間をもらえた。
その時のプレースタイルと今は全然違う。
1年半のスペイン生活。
行かない方が良かったと言う人もいる。
しかし、行って良かった。
あれから大久保嘉人は熟成された。
そして今がある。
大久保嘉人にとってのスペインとは?
スペイン・マジョルカでの1年半。
スペインは悔しい思いをした場所。
スペインは初心に戻れる場所。
大久保嘉人、32歳。
ピークは今。
そして、40歳まで続けたい。
ワールドカップにも出たい。
3年連続の得点王にも挑戦。
大久保嘉人のピークは進行中。
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