サワコの朝10月24日倍賞美津子の威風堂々な女優生活!?


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2015年放送のサワコの朝。

ゲストは女優の倍賞美津子。

デビュー50周年。

1965年18歳の時に松竹歌劇団(SKD)に入団。

その後女優に転身。

そんな倍賞美津子の生き方とは?

米軍キャンプでアメリカを体験

5人兄弟の三女の倍賞美津子。

好奇心旺盛な子供だった。

子供の頃。

東京都北区には米軍の王子キャンプがあった。

その中の野戦病院。

病院には子供が入れると聞いて潜入した倍賞美津子。

他の兄弟はやっていない。

野戦病院でホットドックとコーラを体験。

アメリカナイズされた少女時代。

キラキラが好きでSKDへ入団

姉の倍賞千恵子が入っていたSKD。

キラキラした世界に憧れて入団。

タップダンス、日舞、ジャズダンス。

踊っている時は楽しかった。

勝新太郎からのオフォー

SKDの楽屋に電話がかかってきた。

相手は俳優の勝慎太郎。

会ってほしいと場所を日時を指定。

嘘だと思って友人同伴で行ったみた。

いた!リアル勝慎太郎!

これは映画「人斬り」のオファー。

台本に惚れた倍賞美津子。

是非やりたいと松竹にお願い。

出演することになった映画。

出演者がすごかった。

三島由紀夫、石原裕次郎、勝新太郎、仲代達也。

脂の乗った男たちの共演でドキドキ。

男の人ってこんなに幅が広いんだ。

倍賞美津子22歳で男性の奥深さを知る。

生活のために女優を続ける

映画を続けても女優業は好きではなかった。

どんな役がやりたい?とよく聞かれる。

好きじゃないのでやりたい役もない。

それでも続けていたのは生活のため。

生きるために続けていた。

役作りはが好きな倍賞美津子

映画やドラマに出演する時。

舞台になる町を観察。

方言を耳にして、その土地の空気感を知る。

役作りに入る時は楽しい。

いろんな事を学べるのは嫌いじゃない。

社会派の映画に出演した倍賞美津子。

知らない世界を勉強することができた。

今でも好奇心旺盛は変わらない。

倍賞美津子の一番辛かった思い出とは?

女優業で一番辛かったのどんなことなのか?

倍賞美津子の場合。

マレーシアの暑さ。

暑すぎてセリフが飛んでしまうほど。

モンゴルでは大きな雹(ひょう)に当たった。

マジで痛い。

弁当がとても不味くて怒ったこともあった。

怒りながらも楽しむ。

それが倍賞美津子の楽しみ方。

人前で泣かないいじっぱり親子

40歳で離婚した時、娘は10代だった。

ただ育てなきゃって思いだけだった。

娘は母親の反発もあって海外留学。

NYから帰ってくる時。

空港で「じゃあね」と別れた。

その後一人で泣いていた倍賞美津子。

一人で自分の部屋に戻った娘。

娘も一人で泣いていた。

いじっぱりは遺伝だった。

威風堂々と娘のサプライズ

娘の大学卒業式。

大腸がんを患っていた倍賞美津子は入院中。

病室に音楽が流れてきた。

それはエドワード・エルガーの「威風堂々」

倍賞美津子の好きな曲。

そしてこれは卒業式で流される曲。

この曲をかけてくれたのは一人娘。

カセットテープで聴かせてくれた。

卒業式に出席できなかった母へのプレゼント。

「さすが私の子」

娘とのつながりは強い。

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