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2016年5月28日のサワコの朝。
ゲストはジュディ・オング。
台湾出身。
歌手であり、女優でもある。
父親はラジオの製作者。
父親がGHQの宣伝放送活動を行っていた。
それが日本とのつながりの一歩だった。
9歳で劇団ひまわりに入団
ジュディ・オングが9歳の時。
友達に誘われて入団した劇団ひまわり。
「スターに会えるかも・・・」
当時、スターと言えば石原裕次郎。
そんな甘い期待で入団。
しかし、スターには会えなかった。
父親との約束
劇団ひまわりに勝手に入ったジュディ・オング。
父親は大反対。
それでも母親は後押ししてくれた。
入団を許す代わりに幾つかの約束。
・普通の娘であることを忘れない
・大学に行く
・始めたことは続ける
まだ9歳のジュディ・オング。
うんとは言ったがよくわかっていなかった。
父親からの注文はまだあった。
・銀行に3年務めろ
銀行で経済を学んで賢い妻になってほしい。
父親の願いだった。
だが、この願いを叶えることはなかった。
”魅せられて”の秘話
ジュディ・オングの代表作”魅せられて”。
映画「エーゲ海に捧ぐ」のイメージソング。
プロデューサーは酒井政利。
郷ひろみや松田聖子を担当した大物。
有名な歌手でなく、無名の歌手を指名。
しかも、最初は名前を伏せていた。
「あの歌手は誰なんだ」
巷で噂になったあとに名前を公表。
”ジュディ・オング”。
”魅せられて”はしゃあしゃあと
29歳で”魅せられて”を歌っていたジュディ・オング。
歌い方にとまどっていた。
「好きな男の腕の中でも・・・」
ちょっとドキドキする歌詞。
どうやって歌えばいいのか。
作詞家の阿木燿子に質問。
「しゃあしゃあと唄えばいいのよ」
爽やかな風とともに知らん顔。
それからしゃあしゃあと歌っているジュディ・オング。
レコード大賞に救われた
ジュディ・オングは歌手であり女優でもある。
ハリウッド映画「将軍 SHOGUN」
出演のオファーが来ていた。
しかし”魅せられて”で多忙のジュディ・オング。
泣く泣く「将軍 SHOGUN」を諦めた。
自分で決めたことだったが辛い決断だった。
それが報われる日が来た。
1979年12月31日。
第21回日本レコード大賞を受賞。
”魅せられて”は今も誰もが知っている。
口ずさむことができる。
美空ひばりが言っていた。
「歌は3分のドラマ」
声をみなさんに届けることができることに感謝。
ジュディ・オングは今は後悔していない。
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