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2017年1月13日放送のアナザースカイ。
俳優、山本耕史。
物心つく前からモデルで芸能界入り。
子役から俳優。
そして、
2015年8月堀北真希と結婚。
2016年12月第一子誕生。
山本耕史のアナザースカイ。
それは、New York。
伝説の舞台との出会い
ブロードウェーで12年間上演。
伝説の舞台「レント」。
1998年に日本でも舞台上演。
21歳の山本耕史は主人公マークに抜擢。
長セリフとダンス。
ここでの経験が転機となった。
役者として脱皮できた。
短期留学でNYへ
今から17年前。
23歳でNYに留学した山本耕史。
3か月の短期留学。
語学と舞台を勉強。
しかし他にも理由があった。
ブロードウェーに憧れて
ブロードウェーに出たかった!
日本版舞台「レント」演出家に誘われた。
「NYへおいでよ」
その言葉を信じていた山本耕史。
演出家にはその権限がなかった。
演出家の気持ちには本物だった。
それは信じたが、夢は叶わなかった。
思い出のNYは移ろいやすく
17年ぶりの山本耕史のNY。
当時の住居を探す。
当時は改装中だったアパート。
まるでベニヤ板で覆われてまるでプレハブ。
それらしき場所に行く。
しかし、あまりにも記憶とかけ離れた建物。
その後思い出のカフェなどもなくなっていた。
変化の多い街、NY。
懐かしむこともできない。
親友との約束
思い出の舞台「レント」。
ブロードウェーでは上演していなかった。
マンハッタンから1時間。
大学のホールで上演されていた「レント」
ホールは大学とは思えないほどにかなり大きい。
セットは山本耕史の時と同じような感じ。
幕やブザーなどなしで物語が始まる。
観客がざわざする中で登場する役者たち。
そして主人公の長セリフ。
懐かしいシーン。
舞台「レント」に山本耕史が拘っていた理由。
それは親友との約束。
共演した親友は2008年に亡くなっていた。
当時同じ想いを共有していた親友。
成し遂げられなかった想い。
それを今も共有し続ける山本耕史。
等身大の自分を浮き彫りにする場所
英語も話せなかった23歳の山本耕史。
テキストを3度もノートに書いた。
舞台に出たかった23歳の山本耕史。
台本を握りしめて英語のセリフを丸暗記した。
NYとは山本耕史にはどんな場所なのか。
「その時の自分の等身大を浮き彫りにしてくれる」
良くも悪くも大きくも小さくも…。
NYで山本耕史は23歳の自分に会えた。
何も知らず若かった自分。
あの頑張りは身になったよ。
そう言ってあげたはず。
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