激レア軍艦島サカモトさんは廃墟の故郷を世界遺産にした男!


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[激レアさんを連れてきた] ブログ村キーワード

2018年9月3日の激レアさんを連れてきた。

今回連れてきた激レアさん、サカモトさん。

軍艦島こと端島の元住人。

廃墟となった故郷を世界遺産にした男。

軍艦島の暮らし

サカモトさんの父親は炭鉱マン。

父親の仕事の関係で福岡から軍艦島へ移住。

サカモトさん小6の時だった。

軍艦島には日本で最初の高層鉄筋コンクリートアパートがある。

学校は7階建て。

小さな島いニョキニョキと聳える建物。

サカモトさんにとっては怖いものに見えた。

でも徐々に軍艦島の暮らしになれるとワクワクしてくる。

軍艦島は刺激がいっぱいだった。

炭鉱マンの収入は通常の人の2倍以上。

映画館も雀荘も美容室もある。

テレビの普及率が全国で10%だった時、

軍艦島ではほぼ100%の普及率だった。

洗濯機も冷蔵庫もある。

だがないものもある。

風呂とトイレ。

これは共同になる。

ぼっとん便所。

最上階9階のトイレから落ちれば1階まで落ちる。

ドキドキのトイレタイムだったに違いない。

さよなら軍艦島

サカモトさんは高校卒業後大学に進学。

その為軍艦島を出た。

だが、週に一度は軍艦島に戻っていた。

軍艦島でゆっくり過ごし、親からお小遣いを貰う。

しかし、時代は変わっていた。

1974年のエネルギー転換政策により閉山。

次々に島から人が消えた。

ある日サカモトさんが島に帰ると、

両親が軍艦島から出る日だった。

固定電話もあまりない時代。

遠く離れると連絡するのが困難。

島から出る両親に会えたのは奇跡的だった。

25年ぶりの軍艦島

サカモトさんは東京でコンピュータ関係の仕事をする。

結婚を機に長崎へ戻る。

1999年サカモトさん45歳。

閉山から25年。

同窓会の幹事を担当。

招待状に「端島にもう一度行きませんか」とアンケートを書いた。

連絡できたのは45名。

もう一度行きたいと返事をしたのはその内2名だけ。

廃墟と化した島で大事な思い出が消えるのが悲しいと感じる人が多かった。

実は全員が行きたいと言うと思っていたサカモトさん。

船をチャーターしていた。

このままでは2人で船に乗ることになる⁈

同窓会でしつこくもう一度聞くサカモトさん。

24名が行くと返事。

ホッと胸をなでおろす。

軍艦島は見た目は廃墟。

でも、中に入るとまだ当時のものが残っている。

サカモトさんちにはノートも教科書も残っていた。

工作で作った郵便受けもそのまま。

「これで全て終わり。もう二度と来ることはない」

そう思っていたサカモトさんだったが…。

軍艦島が廃棄物の処理場に⁈

ネットでは軍艦島は廃墟マニアのスポットになっていた。

サカモトさんは軍艦島のサイトを立ち上げた。

廃墟ではない端島を紹介。

しかし、ある日。

産業廃棄物の処理場になる可能性があることを知る。

これを食い止めたい!

とあるイギリス人学者が言っていた。

「軍艦島は歴史的意義のある遺産だ」

産業遺産を世界遺産としていたイギリス。

この言葉はサカモトさんにヒントを与えた。

サカモトさんは今まで務めていた会社を退職。

2002年パソコン教室を開く。

”軍艦島を世界遺産にする会”を発足。

48歳。

次の干支まで自分の夢を追うことに決めた。

当初は誰も相手にしてくれない。

廃墟を世界遺産って無謀と笑われた。

ネット上でサカモトさんの名前”坂本道徳”が飛び交った。

世界遺産暫定リスト入り!

大事件が勃発した。

パソコン教室の生徒が100名から30名へ。

風評被害か。

そして閉鎖へと追い込まれる。

それでもサカモトさんが活動を止めなかった。

それは奥様のゆみ子さんの協力があったから。

共働きで経済的に支えてくれた。

軍艦島生まれの奥様は良き理解者でもあった。

他にも賛同してくれる人は増えた。

長崎出身の蛭子能収。

軍艦島の絵を描いてくれた。

珍しく真面目な絵である。

そして重要な人物とアポを取ることに成功。

その人物は、加藤康子(かとうこうこ)さん。

サカモトさんに影響を与えたイギリス学者の案内役だった。

加藤康子さんをシンポジウムに招待することに成功。

軍艦島が抱える歴史的意義を説いた。

おかげで2008年世界遺産暫定リスト入り。

地図に残る生き方をしたい

サカモトさんにとって忘れられない時刻。

2015年7月5日午後10時37分。

その時世界遺産委員会のべーマー議長が小槌を打った。

軍艦島が”明治日本の産業革命遺産”に登録された瞬間である。

「夢を超えた夢が実現」だと話すサカモトさん。

その日はビール一杯を飲んでゆっくり寝た。

しかし、これは夢の終着点ではない。

サカモトさんは軍艦島のことを伝えるガイドをしている。

サカモトさんが本当にしたかったこと。

端島に生きていた人たち、

育ててくれた両親の歴史を残したかったのだ。

「地図に残る生き方をしたい」

地図に残る生き方をしていると思う。

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