【情熱大陸】尾畠春夫は被災地に寄添うスーパーボランティア


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2018年9月23日の情熱大陸。

番組スタッフは広島の呉に向かった。

探す相手は尾畠春夫氏。

スーパーボランティアと異名を持つ。

2018年8月、

山口で行方不明の2歳児を発見。

すっかり時の人となった。

携帯を持っていない尾畠春夫氏。

探すのは困難と思われたが、

さすが時の人。

無事会えた。

ボランティア活動の邪魔をしないことを条件に密着。

自己責任と自己完結

広島県天応地区。

西日本豪雨での被災家屋3000軒。

小畠春夫はボランティアの間、小学校の校庭で寝泊まり。

午前5時半。

車から出てきた。

「自己責任と自己完結」を信条としている尾畠春夫。

ボランティア中は車で寝泊まりしている。

そして来る者は拒まない。

朝食のおにぎりを食べている時。

猫が近づいてきた。

猫におにぎりの一部をあげる。

近づいた者は猫でも構わない。

遺品を独自で捜索

朝、6時。

尾畠春夫はいつも一人で作業していることがある。

作業するのは川。

濁流で置き去りにされた瓦礫が溜まっている。

川の泥の中から布きれを拾い出した。

川の水で何度も洗う。

そして、広げて干した。

布きれが何かはわからない。

もしかしてら行方不明の方の遺品かもしれない。

遺族の人にとっては思い出の品かもしれない。

そう思って尾畠春夫は作業を続ける。

塩アメはいつも持参⁈

ボランティアの受付は朝9時から。

スーパーボランティアと言われる尾畠春夫。

ですが、、やることは他の志願者と同じ。

ボランティア活動は10人で一組。

割り当てられた場所へ向かいます。

今回は土砂をとり除く作業。

黙々と作業を続ける尾畠春夫。

作業中に小銭が出るとすぐ家主に渡す。

そして、休憩時間。

尾畠春夫は塩アメをボランティア仲間に配る。

山口の2歳児に渡したのと同じアメである。

受けた恩は石に刻め

廃材置き場に置いていた板やカーペット。

尾畑春夫は地面に敷いた。

台車の通り道とするのだ。

これで作業効率が上がった。

昼休み。

尾畑春夫を待っている男性がいた。

食事の差し入れをしてくれた。

母親が焼いてくれた広島風のお好み焼き。

尾畑春夫は頭を深く下げて感謝を示す。

嬉しくて涙で顔がくしゃくしゃ。

男性が温かいうちに食べるように促す。

「美味い、んんん・・・スゴイ」

「こんなに優しくしてもらったらどうしていいかわからん」

あちこちでボランティアをしている尾畑春夫。

自分が何かしてもらうと恐縮する。

「かけた恩は水に流せ 受けた恩は石に刻め」

尾畠春夫の言葉である。

尾畠春夫の経歴

尾畠春夫は1939年に生まれた。

母親が亡くなった時は小学校5年生だった。

農家に奉公に出される。

中学3年間で学校に通ったのは約4カ月ほど。

それ以外は仕事をしていた。

中学卒業後は鮮魚店で見習いをした。

別府、下関、神戸と10年間修行。

20代後半で店を持った。

40代の時、登山を始めた。

登山道を整備したのが最初のボランティア。

尾畠春夫は65歳で店を畳む。

その後、ボランティアに専念する。

東日本大震災の際には南三陸町で500日を過ごした。

講演よりもボランティアを優先

9月初め。

尾畠春夫は大分の自宅にいた。

尾畠春夫の家は来客が多い。

町役場の職員が何人か来た。

相談したいことがあると言う。

県内の18市町村がCMを作るので、

尾畠春夫にも出演してほしいのだ。

この日は子供と相談すると返事を保留。

後日、丁重にお断りした。

尾畠春夫には電話も多い。

「その話はちょっと厳しいかもしれませんね」

ボランティアについて講演してほしいと依頼だった。

だが、尾畠春夫の気持ちは天応にあった。

講演はお断りしている。

気持ちが揺らぐのが怖い

尾畠春夫はボランティアでは報酬は貰わない。

ボランティアは恩返しである。

やらせてもらっているという気持ちでしている。

その気持ちが変わるのが怖いのだ。

妻はいるが5年前から別居。

収入は年金だけ。

ずっと自営業だった尾畠春夫である。

年金も多くはない。

食事は自炊するが栄養バランスは重視していない。

腹いっぱい食えればいいのだ。

パックのごはんとインスタントラーメンを煮込む。

味付けは焼肉のタレ。

子供の頃は貧しかった。

昔はカタツムリを食べたこともあるとか。

大病とは縁がない尾畠春夫。

丈夫な体は財産と言える。

大好きな温泉

大分に帰ってきた尾畠春夫。

必ず出かけるところがある。

自宅からバイクで30分。

無料の露天風呂。

ボランティア活動中は風呂に入らない。

実は尾畠春夫は温泉大好き。

温泉仲間が待っていた。

メディアが取り上げる前から、

ボランティアを続けていることを伝えてほしいと話す。

母に褒めてほしい

温泉から自宅に戻ると、

誰かから差し入れがあった。

頂きものは仏壇に一旦備える。

仏壇には母・富日(とみか)の遺影。

生まれた家は貧しかった。

母親に甘えることもできなかった。

「お袋に頭をなでてほしいと思うわ」

「思い切り抱きしめてもらいたい」

ボランティアをしている姿を母親が見ている。

そう信じる尾畠春夫。

「いつか母に会った時に

  背中の骨が折れるくらい抱きしめてほしい」

母親への深い愛を語った。

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